2016年 12月 の投稿一覧

運勢の「勢」は勢いの「勢」

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運勢の「勢」は勢いの「勢」って話しを聞きました。

どういうことかって言うと、物事は何でも「勢い」よくやることで、運が向いて来るんだって。

例えば仕事でもダラダラやると、勢いがつかずに結果をなにも残せないんだって。

 

たしかにダラダラやってる人っているけど、パッとみても魅力ないよね。

あと、今にも死にそうに元気がない人。これも魅力がないよね。

 

声も聞こえないくらい小さい人でもそう。これも魅力がない。

 

魅力がない人に人が寄ってくるとは思わないし、人が寄り付かない人に運が寄り付くとも思えない。

 

ちゃんと方程式どうりになってるんだね。

 

だから、仕事でもなんでも元気良く明るく、勢いよくやることで運が向いてくるらしい。

僕もこの話し、聴いてすぐに合点がいった。

 

だから早速今日も一日元気良く勢いつけて頑張ろう!

 

 

 

「私は風」・・カルメンマキ&OZ

 

カルメンマキ&OZ の「私は風」です。

1976年の録音ですから、かれこれ40年前です。

 

今夜は、次女のノッコと夜の散歩の時に、この曲を聴いてました。

ポケットビンにジムビームを入れて、途中途中でグビリグビリと呑みながら。

 

当時は黄色のスターレットで、コザまで行って、「エイトビート」ってディスコで踊ってたなあ。・・ラムコークを飲みながら。

 

翌朝、QEENの「SOMEBODYS LOVE」で目が覚めて、近くのA&W に行ってジャンボポークサンドを食べて、それからまたバドワイザーを飲みながら昼を迎えてた。

 

思えば、本当に素敵な、ドラマティックな10代〜20代だった。

 

多少、年相応に鈍感にはなったものの、それでも、心はあの時からまるで成長していない。

言い方を変えれば「心はあの時からまるで老化していない。」

ってことだろね。

 

当時、この曲が流行ってたわけではないけど、とても好きで一日に何度もなんども聴いていた。

 

いま聴いても当時に想いが飛んで心が踊る。

 

全く色褪せないぼくの想い出。

 

ぼくの場合、思い出の人、大事な人には必ずその人のテーマ曲がある。

 

多くの人が、そういう思い出の曲があるんだろうね。

 

とってもいい曲なので、ちょっと聴いてみてください。

 

 

さて、今日もいい天気。

一日元気に楽しく張り切って生きましょう!

 

○○回目のお誕生日

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昨日は我が妻の〇〇回目のお誕生日でした。

 

高二の娘とささやかながら手作りの誕生日料理を作ってみました。

 

お金をかけないで、愛情たっぷりに作るのが今回のミッション。

 

・・・ミッションて言うほどではないかな?

 

料理って器が本当に大事なんだね。

 

普段使いはもっと生活感の溢れる食器なんだけど、来客の時に使う食器をつかってみたら途端に料理が輝きだした。

 

もっとも秀逸は娘がデコレートした「HAPPY  BIRTHDAY」の文字だね。

 

気持ちがそこで「グン!」と入って、全体が引き締まった。

 

話しはにわかに転じるけど、そのことから思ったのが、よく、「人は見た目じゃなくて中身だ。」なんて言うけど、そんなことないね。

 

やっぱり見た目は大事だね。

 

一人で生きているんならまだしも、僕らはいつも誰かと関わりあって生きている。

 

なら、やっぱり見た目の印象も大事だよね。

 

ブランド物を着るとか高い服を着るとかじゃなくて、やっぱり清潔感のあるこざっぱりしたものを着る必要はあるね。

 

・・・そんなことを思った夜でした。

 

・・・・・おしまい。

 

 

おまけ

 

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横浜で面接同行(^^)

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2016年12月13日 火曜日

今朝も爽やかな冬の寒さです。

 

きのうは横浜まで看護師さんの面接同行。

健診・人間ドックのクリニックへの挑戦です。

 

今回の看護師さんは、6月に結婚したばかりの新婚ホヤホヤの31歳。

 

新しい生活も落ち着いてきたので、年明けから働きたいとのことでの今回の面接です。

 

ご主人が土日祝休みなので、日祝と土曜午前もしくは隔週土曜日休みであることと、あと育児に備えて、育児休暇取得実績があるというのがマスト要件。

 

小規模の一般的なクリニックだと、なかなか育児休暇は取れないので、ここはやはりある程度の規模の職場をねらう必要あり。

 

で、候補に上がったのが、以前に同様の希望をもって転職したNさんとおんなじ健診・人間ドック専門のクリニック。

 

こちらの医療法人は規模が大きく、スケールメリットを活かした福利厚生があるのでそちらへアプローチ。

 

(例えば有給休暇が取りやすいとか、産休や育児休暇が取りやすいとかいったこと。規模が小さく、看護師の数が少ない職場だとなかなか休みづらいですからね。)

 

昨年、ご縁をいただいたNさんも今では力強い戦力になってて評価もたいへん高く、すぐに担当の事務長から「是非、ご紹介ください!」との理想的な運びに。

と、いうのもこちらの健診・人間ドックのクリニックは定着率も高く、なかなか募集が出ないから。

 

で、いざ面接本番をきのう迎えたわけですが、これがとても良い面接でした。

昨年転職サポートをしたNさんにも会えて、この職場の良さを直接聞いてもらうことができたし、面接終了後にすぐ内定を頂けました。

 

ご本人もたいへん気に入ってもらえたので、早くも年明けの1月5日から出勤することに。

 

これも昨年から働いてるNさんの評価の賜物でしょう。

もちろん、今回面接を受けた看護師さんの力もありますけどね。(^^)

 

さて、今夜はサンマの塩焼きにビールといきますか。

 

 

起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半

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「起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半」

 

豊富秀吉が言ったと言われる言葉です。

 

学生の頃にこの言葉を知って、母に「人の一生はこういうものなんだ。」って言ったら、母に

「そういうのは天下を取ってから言え。」

って言われたなぁ。

 

確かに母の言う通りで、天下もとってないのにそんなことを言うのは、やはり負け惜しみでしかないよな。・・・なんて思ったな。

 

なんでそんなことを思い出したのかというと、昨日帰りの電車の中で中年のサラリーマン達がバリバリ働いてバリバリ成績を上げている仲間の噂をしながら、なかば揶揄するようにそういう話しをしていたから。

 

件の言葉は、成功者や僧侶とかいった聖職者が言うのなら頷けるが、やはり一般社会で生きている僕らはやはり「天下をとってから言え」ってことになるんだろうと思う。

 

なぜなら、ともすると現状のネガティブな肯定につながり、将来や未来に対しての挑戦の歩みを鈍くするんじゃないかって思うから。

 

だから、今日も飽くなき挑戦を続けていきたいと思います。

 

 

では皆さん、ごきげんよう。。

 

 

・・・まったくの私見ですよ。。。

 

あしからず。。。

 

 

 

 

 

 

バラ色の未来を考える・・引き寄せの法則

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例えばクルマ好きな人が、「アウディに乗りたい!」と思い始めます。
その瞬間から不思議と街中でアウディを見る機会が増えます。
 
 
例えばハンドバッグが好きな人が「プラダのバッグが欲しい!」って考えます。
その瞬間から不思議と街中でプラダのバッグを見る機会が増えます。
 
 
思いが意識をそこに集中させる為に、ふだんは見えなかったものが見え始めるわけです。
 
 
「バラ色の未来」「引き寄せたい未来」を想像するだけで、その未来を叶えるヒントやきっかけになることが見えてきます。
 
 
その反対に、不幸なことや否定的なことを考えていると、そのことだけでなく、ほかの全てのこともネガティヴに見え始めます。
 
 
人の悪口や恨みや妬みも、そういった効果を引き寄せます。
 
 
人の悪口や恨み、妬みを言わないこともそうだけど、そういうことばかり言ってる人の側にも近づかないこと。
 
 
自分の人生ですからちゃんと友だちは選ばなきゃね。
 
 
 
自分にとって「バラ色の未来」はどういう未来なのか?
 
 
一度ゆっくりと考えてみると良いと思います。
 
 
・・・意外と考えたことがない人の方が多いんじゃないかな?
 
 
 
一人で無理なら、家族とでも友だちとでも一度ゆっくり話し合うのも良いと思います。
 
未来はこれから作ることができるわけですからね。
 
 
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小林麻央さんがBBCに寄稿した言葉

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おはようございます。

 

ぼくは小林麻央さんのファンで、ブログをいつも拝読させてもらってますが、あらためてよみかえしてみると彼女の心の変遷がとてもよく分かります。

 

人間、女性、母親の強さが時につまずきそうになりながらも、どんどん強く成長しているのがわかります。

 

小林麻央さんには多くの方が勇気と感動をもらったことでしょう。

かくいう私も彼女のブログからたいへんな勇気をもらっています。

 

先だってはイギリスBBCから「人の心を動かす、影響力をもった世界の100人の女性」に選ばれましたね。

また、その発表を受けて、小林麻央さんがBBCにあてたメッセージもたいへん感動的なものでした。

 

皆さんもぜひ小林麻央さんのブログをご覧になってみてください。

きっと今日一日がとても素敵な一日に思えてきますよ。

 

KOKORO 小林麻央のオフィシャルブログ

 

さて、小林麻央さんがイギリスBBCに寄稿した文章をご紹介します。

 

 

2年前、32歳の時に、私は乳癌であることを宣告されました。娘は3歳、息子はまだ1歳でした。

「治療をして癌が治れば、元の自分に戻れるのだから、大丈夫!」と思っていました。

けれど、そんなに簡単ではありませんでした。

今も、私の身体は、がんと共にあります。

私は、テレビに出る仕事をしていました。

病のイメージをもたれることや弱い姿を見せることには「怖れ」がありました。

なので、当時、私は病気を隠すことを選びました。

隠れるように病院へ通い、周囲に知られないよう人との交流を断ち、生活するようになっていきました。

1年8か月、そんな毎日を続けていたある日、

緩和ケアの先生の言葉が、私の心を変えてくれました。

「がんの陰に隠れないで!」

私は気がつきました。

元の自分に戻りたいと思っていながら、

私は、陰の方に陰の方に、望んでいる自分とは

かけ離れた自分になってしまっていたことに。

何かの罰で病気になったわけでもないのに、

私は自分自身を責め、それまでと同じように

生活できないことに、「失格」の烙印を押し、

苦しみの陰に隠れ続けていたのです。

 

それまで私は、全て自分が手をかけないと

気が済まなくて、

全て全てやるのが母親だと

強くこだわっていました。

それが私の理想の母親像でした。

けれど、

病気になって、

全て全てどころか、

全くできなくなり、

終いには、入院生活で、

子供たちと完全に離れてしまいました。

 

自分の心身を苦しめたまでの

こだわりは

失ってみると、

それほどの犠牲をはたく意味のある

こだわり(理想)ではなかったことに

気づきました。

そして家族は、私が彼らのために料理を作れなくても、幼稚園の送り迎えができなくても、

私を妻として、母として、以前と同じく、

認め、信じ、愛してくれていました。

私は、そんな家族のために、

誇らしい妻、強い母でありたいと思いました。

私は、闘病をBlogで公表し、

自ら、日向に出る決心をしました。

すると、たくさんの方が共感し、

私のために祈ってくれました。

そして、苦しみに向き合い、乗り越えたそれぞれの人生の経験を、

(コメント欄を通して)

教えてくれました。

私が怖れていた世界は、優しさと愛に

溢れていました。

今、100万人以上の読者の方と繋がっています。

 

人の死は、病気であるかにかかわらず、

いつ訪れるか分かりません。

例えば、私が今死んだら、

人はどう思うでしょうか。

「まだ34歳の若さで、可哀想に」

「小さな子供を残して、可哀想に」

でしょうか??

私は、そんなふうには思われたくありません。

なぜなら、病気になったことが

私の人生を代表する出来事ではないからです。

私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、

愛する人に出会い、

2人の宝物を授かり、家族に愛され、

愛した、色どり豊かな人生だからです。

だから、

与えられた時間を、病気の色だけに

支配されることは、やめました。

なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。

だって、人生は一度きりだから。

 

がんと闘病の小林麻央さん、BBCに寄稿 「色どり豊かな人生」

 

 

春夏秋冬

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きのう、看護実習真っ最中の学生さんとお話しをしました。

 

精神科と急性期の実習を終えて、来週からは小児の実習だそう。

 

こどもが好きだからこその不安を強く抱えていて、とてもナーバスになっている。

 

なんらかの疾患を抱えて闘病中のこどもたちの看護だから、不安も当然だろう。

中には、死期を目前にしているこどももいるだろうし。

 

かく言うぼくも大のこども好き。

だからこそ、そういった現場を想像するだけでなんとも辛くなる。

 

そういう時に思い出すのが、ぼくの敬愛する吉田松陰(前回のブログに続き同じようなネタで申し訳ない。。)が自身の最期に臨んで高杉晋作らに宛てた手紙の中に残っている言葉。

 

春に種を蒔き、夏に苗を植え、秋に実り、冬には蓄える。

人にも同じよううに四季があります。

人の命とは歳月の長さではない。

それぞれ春夏秋冬があり、実を結んでいる。

私は30歳ですが、今、収穫の秋を迎えたと思っています。

どうか一粒の籾として、次の春の種となれますよう。

 

わかりやすく意訳していますが、人生の春夏秋冬をよく表していると思います。

 

この言葉を思い出すたびに、早くに旅立つこどもたちの産まれた意義、果たした役割を、たいへん輝きのあるものに思います。

 

さて、わたしの秋はいつでしょう?

まだ種まきの途中ですから、まだまだ秋はこれからでしょう。

 

・・・長生きながいき。。。

 

 

 

もう少し原文に近い意訳は下記のとおり

 

今日、私が死を覚悟して平穏な心境でいられるのは、春夏秋冬の四季の循環につおいて悟るところがあるからである。

けだし、農事では春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬にそれを貯蔵する。

秋、冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び、酒を作り、甘酒を作って、村々に歓声が満ち溢れる。

未だかつて、この収穫期を迎えて、その年の労働が終わったのを悲しむものがいることを聞いたことがない。

 

私は現在三十歳。未だ事を成就させる事なく死のうとしている。

農事に例えれば未だ実らず収穫せぬままに似ている。そういう意味では死を憎むべきかもしれない。そうではあるのだが、私自身について言えば私なりの潮時なのであり、花咲き実りを迎えた時なのだと思う。

だから、哀しもうとは思わない。なぜなら、人の寿命はめいめいで定まりがないのだから。

農事は四季を巡って営まれるが、人の寿命はそのようなものではない。

人にはそれぞれに相応しい春夏秋冬がある。十歳にして死ぬものには十歳の中に自ずからの春夏秋冬がある。二十歳には二十歳の二十歳の四季が、三十歳には三十歳の四季がある。五十には五十の、百には百の四季がある。

十歳をもって短いというのは、蝉のはかなき命を長寿の霊木のごとく命を長らせようとするに等しい。百歳をもって長いというのも長寿の霊椿を蝉のごとく短命にしようとするようなことでいずれも天寿ではない。

私は三十歳。四季はすでに備わっているとすべきだろう。

私なりの花を咲かせ実をつけているはずである。それが単なる籾殻なのか、成熟した栗の実なのかは私の知るところではない。もし、同志の諸君の中に、私がささやかながら尽くした志に思いを馳せ、そして受け継いでやろうという人がいるなら、それは即ち種子が絶えずに穀物の年々の実りと同じで、私の命が生き続けていることになる。

同志諸君よ、このあたりのことを熟考せよ。

 

 

楽な人生、充実した人生

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2016年12月3日 土曜日

今朝も快晴。

 

2016年もあとわずかです。

皆さんは今年一年をどう過ごしましたか?

充実した一年を過ごせましたか?

 

日々の目標設定をして、その日一日の終わりに達成感にひたれるようにしたいと思います。

なんてことを常に意識して生きようと思ってたりするけど、どうにも忘れちゃう時もある。

 

これを書いているつい少し前までも、すっかりそのことを忘れてて、あやうく惰性で昨日の続きを送るところだった。

 

もちろん惰性で生きるのは、楽でそれなりに楽しいだろうけど、振り返ってみた時になんにも残ってないことが多い。

 

せっかく一日を過ごしたのに、積み上がってるものがなんにもないなんてやっぱりもったいない。

 

なにか一つ、とっても小さなことでもいいから変化(成長)してなきゃいけない。

 

どんなことでもいい。

たとえば、「これまであまり話したことの無い人と少しだけ話せるようになる」とかでも、「成長」だと思います。

 

大事なことは「待ちの姿勢」じゃなく、積極的にいくこと。

 

変化を待つんじゃなく、変化を作っていくこと。

 

極めて個人的で大仰だけど、吉田松陰のように生きるのが理想。

陽明学だから過激過ぎるけど、そうやって目標や志を持って日々を過ごしたいものだ。

 

今、朝の5時。

 

しっかりと目標設定して一日をスタートしよう!

 

楽な一日より、充実した一日をすごそう。