2018年 9月 の投稿一覧

今あるものに感謝すること

最近気をつけていることがある。

 

どう言うことかと言うと。

 

今あること、今あるものに感謝する

 

ってことです。

 

普通は、感謝すべき何かが起きてから『あ〜良かった〜』とか、『あ〜幸せ〜』なんてことを言うけど。

 

今あるもの、例えば『目』や『耳』、『足』や『手』といったものにもしっかりと感謝すべきじゃあないかって思う。

 

ぼくの長男や長女が産まれる前、何を心配したかと言うと「とにかく五体満足で生まれてほしい」ってことだけだった。

 

それはそれからもいっしょで、健康以外は彼・彼女になにも求めたことがない。

 

目があるからいろんなことやものが見えるし、耳があるから好きな音楽が聞ける。

 

『味覚』や『健康な歯』だってそう。

 

美味しいものを食べて『美味しい!』って言えることって実に素晴らしいことだと思う。

 

昨日友達と食べたつけ麺も『味覚』や『健康な歯』があってこそだ。

 

つけ麺の美味さに感謝するのと同時に自分自身の『味覚』や『健康な歯』にもちゃんと感謝しなきゃいけないなと。

 

普段意識しないといかにも当たり前になってることだけど、それはとてもとても幸せなことだと思う。

 

足だってそう。

 

普通に歩いているけど、それだって健康な足があればこそである。

 

ふだん意識しないことにしっかりと注意を向けて、感謝して幸せを感じることが、日々の生活を豊かにすることになると思う。

 

実際に今回のこれを実践してからは、以前より随分とにこやかになったように思う。

 

素晴らしきかな人生

 

である。

 

 

さて、今日も感謝できる『今あるもの』を探してみよう。

 

やることなすこと楽しくなるから、ぜひみなさんにも勧めてみたい。

 

 

 

備えれば憂いなし

ここのところの日本は、台風であったり、地震であったり、かなりの規模の災害が立て続けに起こっています。

 

それこそ、地球が怒っているかのように感じるのはぼくだけだろうか?

 

台風だっ毎回のようにお亡くなりになる方が何十人もいて、その度に心が痛くなる。

 

これだけ頻発するとそのうちに感覚が麻痺してこないか不安である。

 

災害が起こることが当たり前になって、驚きが少なくなって行くのはとても危険なことだと思います。

 

もちろん、当たり前になれば、それに対する備えも当たり前になって悪いことばかりではないだろうけど、ところが実際にはあくまでも対岸の火事で『うちは大丈夫!』なんて気持ちが皆の気持ちを支配しているのではないだろうか。

 

かく言うぼく自身、そういう傾向がある。

 

家に食料や緊急時の防災グッズなどを置いているかというと今だに置いてない。

 

タンスや冷蔵庫などの家具家電の類は地震が起きても倒れてこないように施作はしてあるが、せいぜいその程度である。

 

『その時はその時』という安直な楽観主義がそうさせているのであろう。

 

しかしながら、さすがにいい大人がそれでは良いはずもないので、今週末、あらためて有事に対する備えをしっかり取っていこう。

 

ある方が口ぐせのように言っていた。

 

備えあれば憂いなし

 

の意識で取り組んでいきたい。

 

今回の北海道の地震災害をみて思ったことである。

 

 

 

 

過去は変えられる・・・ってはなし

『他人と過去は変えられないが、未来と自分は変えられる』

 

って、有名な言葉があるよね。

 

努力することによっていくらでも人生を良い方向に持っていけるという、とてもいい言葉だと思う。

 

ぼくはもう一つ別の考えがあって、

 

『過去は変えられる』

 

っても思っている。

 

どういうことかっていうと。。。

 

例えばぼくは『不幸』を『感情』だと思っている。

 

つまり、起きたことに対してその時に感じたネガティブな気持ちが『不幸』

 

反面、『幸せ』は『意志』の力に寄るところが極めて大きいのではないかと思います。

 

『今』を肯定することによって、不幸な過去の出来事に対して『だから今が幸せなんだ』と思うか、『だから不幸なんだ』って思うだけの違いで、その後の生き方が180度変わるはずである。

 

幸せなんて捉え方一つでいくらでも感じることができる。

 

たとえば毎度毎度の食事一つとったって、

 

『美味しい!なんて幸せなんだ!』

 

って食するのと、ただなんとなく咀嚼するだけでは美味しさも違ってくる。

 

 

また、一人で寂しく食べるのと、仲の良い誰かと一緒に食べるのでも格段に味も幸福度も違ってくる。

 

他にも毎日のシャンプーなんかでも

 

『ああ!気持ちいい!なんて幸せなんだ!』

 

って洗髪するだけでも普段のシャンプーが幸せの一つの事象にランクアップする。

 

このようになんでも『幸せだ〜〜』なんて言うだけで、簡単に幸せ気分を満喫できるような気がする。

 

そう言うわけで、最初に書いた通り

 

『不幸は感情、幸せは意志の力』

 

って事をわかっていただけたかな?

 

 

アイキャッチ画像は、僕の幸せの元の娘二人。。

 

 

幸せになる覚悟・・・パート2

以前に書いた『幸せになる覚悟』についてあらためて考えてみた。

 

理由は特にないが、たまに思いだして意識しないとついつい『不機嫌そうな顔』になりそうだから不定期に意識づけをするようにしている。

 

なぜなら、僕はもともとがいかつめ系の顔をしているので、不機嫌じゃあなくても無表情なだけであまりよろしくない顔になってしまう。

 

実際にぶっきらぼうオーラが自然に出るので、中学生のころは不良の先輩たちによくからまれたりもした。

 

その時は『なんで僕は先輩に絡まれるんだろう?』

 

なんて思っていたが、長じてその時の同級生に聴いたら、ぶっきらぼうな顔をしていて雰囲気がかなりよろしくなかったらしい。

 

もう少し、周りの方々に意識を払ってにこやかな表情をしなければなと反省して、それからは表情はもとより、歩き方まで変えてみたらこれまでとは違う雰囲気の友人がとても増えた。

 

それはそれは飛躍的に増えた。

 

にこやかな表情を努力してするようになってからは、ぼく自身の性格もずいぶんと柔らかくなったし、短気なところがなくなって、穏やかにもなった。・・・ような気がする。

 

 

いま、交流のある友人たちも『ぶっきらぼうオーラ』を変えるよう努力実践してからできた人たちがほとんどだ。

 

彼らもいつもニコニコしていて、実に幸せそうな人ばかりである。

 

引き寄せの法則なのか、ニコニコを努力するようになってからの人生はそれまで人生と180度変わった。

 

決して言い過ぎではなく、180度本当に変わった。

 

でも前述した通り、ぼくはいかつめ系の顔をしているので気が緩むと『不機嫌な顔』になりそうなのでいつも気をつけるようにしている。(まるで修行だな。。。)

 

なので不機嫌な顔をしているだけで周りに迷惑をかけているというこを、常に意識しなければいけないと思うようにしている。

 

それは人間だから嫌なことや、自分の意にそぐわないことが日常的に存在する。

でもその度にいちいち不機嫌になってたら周囲の人たちは大迷惑だろう。

 

その点、わが妻はそういう表情(不機嫌な表情)を本当に見せない。

 

朝の洗濯、朝ごはんの支度。それから自分自身の仕事にいたるまで、それはそれはクルクルといそがしい日々を過ごしていて、実際にとても疲れているだろうが、一切不機嫌な表情を見せない。

 

それどころか、ぼくが妻に甘えてついつい不機嫌な感じになっても、全く意に介さずにニコニコと笑っている。

 

だから我が家はとても仲が良く、幸せに毎日を暮らしている。

 

それはひとえに我が妻の力によるものである。

 

『幸せになる覚悟』のしかたが違うんだろう。

 

ぼくも妻を見習って、改めて『幸せになる覚悟』をしよう!!

 

あのメンタリティはどこから出ているんだろう?

 

なんてことをいつも思っている。

 

 

・・・徒然すぎましたね。。。

 

 

・・・アイキャッチ画像は我が愛するノッコとその親友。。。

 

 

盲目のジェントルマン

昨日の出来事。。。

 

電車の乗り換え駅でのはなし。。

 

 

前を歩いていた盲目のジェントルマン。

 

『失礼します。』って声をかけて横を通ったけど、ぼくはイヤフォン

で音楽を聴きながら。

 

仕草から『大丈夫ですよ〜〜。』っておっしゃってるのが伝わったけど、考えたら彼にとって「音」は極めて重要な

情報源。

 

せめて、わかってて声をかけてるわけだから、少なくとも彼の声がこちらも聞こえるようにイヤフォンを外すべきだったなと。。。

 

いい大人が礼を失したかと反省した次第。。

 

まったく、毎日が反省、発見・成長ですね。

 

 

・・・アイキャッチ画像は足の不自由なノッコの友達のワンチャン。

 

 

 

諦めるということ

唐突だが、諦めることはとても大事なことだと思う。

 

大抵のことは自分に向いているのか向いていないのか、成功するのかしないのかわからないし、やってみないことには、そのどちらかの気づきさえ得ることもできない。

 

よっぽど好きなことならいざ知らず、そうでもなく、あくまでも生活のタメであったり、誰かのタメであったりすることは、こだわりを捨てて、早い段階で諦めて別のことに力を注いだ方がいいと思う。

 

そもそも、自分に向いているとか、『How to 失敗』なるものは、実際のところは失敗ではなく、『発見』と言うことだろう。

 

『こうするると失敗する』という方程式を知ることによって、それ以後の失敗の可能性が格段に下がる。

 

かの発明王のトーマス・エジソンは

 

『私は失敗なんかしちゃいない、うまくいかない方法を7百通り見つけただけだ。』と言っている。

 

つまり7百回もこだわりを捨てて、速やかに次の行動に移ったわけだ。

 

7百回も諦めたということだ。

 

時間は全ての人に有限である。

 

限りがある時間を妙なこだわりを捨てて有意義に使うべきである。

 

もちろん、諦めの先に新たな挑戦があっての上だが。。。

 

ちなみにだけど、僕の尊敬する豊臣秀吉も似たようなことを言っています。